宮城のかき

宮城県から直送の生かき

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新鮮です。安心です。宮城県産かき


生産から加工までのワンウェイ容器を採用しています。 生産から加工業者への流通段階で、一回使いきりの容器を用い、県外品の混入・すり替えを不可能にしています。その容器は回収し、容器再生産原料とする資源リサイクルを行っています。


混入防止:容器は身とフタの一体型。開封の証拠が残ります。
完全密封:容器は完全に密封され、きわめて衛生的です。
透明:容器は透明で、外から中味が見えます。
トレーサビリティ対応型:フタに組合名・処理場・生産者名・生産量・生産日が記載されています。
環境にやさしい:使用した容器は漁連で回収し、リサイクルしています。これにより、買受人に流通する数も把握できます。



英雄「かき」を好む


古くから世界各国で愛されてきた「かき」。世界各地の貝塚には、かきの貝殻が大量に残されていますが、古いものでは1万年以上も前のものもあるそうです。
古代ギリシャでは「かき」をオストレオンと呼び、食用にしていましたが、ローマ時代のローマではオストレアと呼ばれ、競って食べたといわれています。このオストレアは「そのまま「かき」の学名となり、その後イギリスで「オイスター」と呼ばれるようになりました。
普段魚介類を生で食さないヨーロッパにあって、かきだけは例外で生のままレモンをかけて食べるのが伝統的な食べ方になっています。
当然長い歴史を持つ「かき」だけに、歴史上の様々な英雄たちにも好まれ、食べられてきたのです。


ジュリアスシーザーは紀元前55年に第一次ブリタニア(イギリスのグレート-ブリテン島)遠征をはじめますが、イギリスを攻めたのは、テムズ川河口の良質なかきを手に入れるためだったともいわれています。


「我が輩の辞書に不可能の文字はない」という言葉で有名なナポレオンですが、戦場では三度の食事に必ずかきを食べていたといわれ、フランス沿岸のかきを食べ尽くしたとまでいわれています。その後、フランスではナポレオン三世の時代にかきの養殖が推奨され、フランスの養がき業の起源になったそうです。


19世紀のドイツ帝国の初代宰相で、鉄血宰相と呼ばれるビスマルクも無類のかき好きで、一度に175個のかきを食べたそうです。


「風林火山」で有名な日本の戦国武将武田信玄もかき好きで知られています。“滋養の素”といわれるかきですが、もし武田信玄がこれを知り、戦への鋭気を養ったとすれば、さすが戦国の知将と呼ばれる人物ですね。


江戸後期の儒学者で歴史家でもある頼山陽。その著「日本外史」は幕末期における歴史観に影響を与えました。彼もかきが好きで、釈迦の言葉をもじって「天上天下、牡蠣独尊」と詠い、かきの美味を愛してやまなかったといいます。


自主規制ルールを設け、相互監視体制を徹底しています。宮城県による「宮城のかき」なんでもダイヤルの設置や、オイスターGメンの結成など、「安全」「安心」に対する外部監視体制も強化されています。


宮城県産生かき
JFみやぎトレーサビリティシステム

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